事務局ブログ

銚子で採れた鉄の原料 ―砂鉄―

2013.05.28 Tuesday 12:30
明治6年から昭和28年頃まで、現在の外川漁港付近で、「犬若鉱山」という鉱山が存在し、砂鉄を採取していたらしい。

小さいときに、磁石を持って児童公園の砂場へ行き、磁石に吸いつく砂鉄を面白がって遊んだ人も多いだろう。その砂鉄がかつての貴重な資源であったようだ。銚子にも、このようなジオの恵みがあったのだ。

以下は、「植野英夫, 2012, 明治以降の千葉県における砂鉄採取について、千葉県立現代産業科学館研究報告、18,1-16」から抜粋したものである。にこっ

・明治維新後、富国強兵政策を推し進めるために、製鉄業は最も重要な産業であった。明治22年(1889)では、国内鉄類の約8割が、海外からの輸入であった。海外依存度を弱めるために、国内資源の開発が勧められた。

・「近年砂鉄熱の勃興するに至り第一種の砂鉄は勿論…、(中略)本邦鉄原料として最も有望なるものと称するに至れり。」        (長谷川 1921)

・「太平洋に面する長生郡、海上郡、夷隅郡に分布し総計100万坪に達し海上郡は犬吠埼に近き高神、飯岡町付近最も広大にして、…。」  (村上 1917)
(高神村の鉱山の面積は、飯岡町のおよそ1/10)

・戦後は鉄鉱石不足が深刻となり、(中略)磁鉄鉱を主とする砂鉄利用も図られた。稼行価値がある鉱床は現世もしくは洪積世に生成されたもので、日本列島のいたるところにみられた。

・高度成長期における製鉄は、高品質の大量生産へと移行し、生産率や品質が劣る砂鉄利用は廃れていった。

*犬若鉱山* いぬ
所在地:銚子市高神
沿革等:明治6年に始まるという。明治30年に山口藤兵衛により鉱区設定、第二次大戦中は小規模稼行し、昭和27・28年にカネヤス鉱産株式会社が採取。海浜砂鉄鉱床はほとんど見られない。


カテゴリー: 事務局ブログ |







このページの先頭へ