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利根川Tone River

銚子の発展を支えた大河川

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利根川は新潟県と群馬県の県境にある大水上山(おおみなかみやま)に源を発し、途中さまざまな山岳から流れ出る水を集めて、銚子より太平洋へとそそぐ大河です。

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利根川の歴史

銚子河口はもともと鬼怒川水系の河口で、縄文海進のころには霞ヶ浦・印旛沼・手賀沼までつながる大きな内湾(古鬼怒湾)の入り口の南の端でした。この内湾はその後、海退(海水準の低下)および鬼怒川などが運ぶ土砂の堆積で狭まっていきました。この時できた利根川沿いの土地には縄文時代から人々が生活をし、貝塚等の遺跡が当時の生活の様子を私たちに伝えています。

縄文時代の海岸線(宮地・山口、2008年)

古来、利根川は現在の東京湾に注いでいました。現在のような流れになったのは、数回にわたる河川改修工事の結果です。
徳川家により近世初頭から行われたこの工事は「利根川東遷(とねがわとうせん)事業」と呼ばれ、江戸を利根川の水害から守り、新田開発を推進すること、舟運を開いて東北との経済交流を図ることなどが目的だったといわれています。利根川東遷事業は1594年より行われ、銚子が利根川の河口になったのは60年後の1654年でした。

1000年前の利根川
東遷が完成した時の利根川
利根川の水運

利根川の河口となった銚子は、良い魚場に近く、江戸の人々に魚を供給する漁港として発展しました。
さらに利根川の水運は、銚子を東国の米などの物資を江戸に送る流通拠点や、江戸前料理を支えた濃口醤油の生産地として繁盛させました。当時の銚子の人口は関東地方では江戸、水戸に次いで三番目でした。
また、雄大な地質景観は「銚子浜磯巡り」として、文人墨客も好んで題材とし、銚子は観光都市としても賑わいました。

アクセス
みどころ

河岸公園:銚子ジオパークビジターセンターから徒歩約280m(約4分)

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